自己紹介


■taniyan / JH0HYX


     

■taniyan:
 信州松本在住。(元)マイコン回路設計技術者。現在は、普通のサラリーマン。

 数年周期で、無線、鉄道、電子工作などの趣味(?)が繰り返し「マイブーム」となってやってきます。最近は、これらを融合したテーマ(鉄道模型自動制御、無線用非常電源など。。)に取り組んでいます。

<鉄道歴>
 鉄の原点は、1964年開業の東海道新幹線。0系をモデルにした、モータと電池で走る画期的なおもちゃ「プラレール」が発売され、すぐさまそれにはまる。その後、小学生から中学生にかけて、写真、切符、スタンプ収集、乗り歩きなど、親友(HY氏)とともに鉄分の濃い生活に身をやつす。国鉄民営化とともに、鉄の熱は冷めつつあった。
 中学生の時に、カツミ、遠藤商店(TER)、小高模型製ペーパーキットなどを中心にあつめたHOゲージが、半世紀近く経った今も現存。なんといっても、カツミダイヤモンドシリーズC62が、私にとって鉄道模型の原点。近年、かの親友から、Nゲージの車両を誕生日にプレゼントされたことがきっかけで、Nゲージ「大人買い」症候群にむしばまれる今日この頃です。専攻は「乗り鉄」。実態は「飲み鉄」:(。

<無線歴>
 中学三年生の時に、電話級アマチュア無線技士の免許取得。アマチュア無線局JH0HYX開局。高校生の時に電信級、二級、一級と一気に取り進める。当時の「1アマ」試験は、学科はマークシートではなく筆記記述式、電気通信術は、欧文、和文とも、送受信の試験がある、とても「威厳のある」資格であった。
 2アマ取得後、電波監理局の変更検査を受け、100W(固定局)/50W(移動局)の免許取得。(当時10Wを超える局は、すべて電波監理局の落成/変更検査を受ける必要があった) 加えて、AJDの1200MHz「特記順位4番」、6m and downコンテストやFieldDayコンテストで全国優勝など、高校生から大学生にかけて、V/UHF中心に大暴れする。
 その後いったん下火になるも、21世紀を迎え再び燃焼。その威厳をことごとく失ってしまった「1アマ」という地位を嘆き、第一級陸上無線技術士に続いて、第一級総合無線通信士を取得。アマチュア無線局としての免許操作範囲は変わることはないが、再び頂点を極めたと、自己満足に浸っている。1.9MHz〜50MHz帯で1kW免許を受け、一技一通一キロワットの三冠達成。

<電子工作歴>
 ルーツは「電子ブロック」。今でいう「ソルダレス・ブレッドボード」の先駆けともいえる、画期的なおもちゃでした。中にトランジスタや抵抗器、コンデンサーなどが入った、電極付きレゴブロックのようなプラスチックピースを組み合わせ、ラジオやら拡声器やらが組めるという優れもの。Aパーツ、Bパーツと買い足していくと、組める回路のバリエーションがどんどん増えていくという素晴らしい設計。小学生当時、完全にはまっておりました。電子ブロック卒業後は、ラグ板、蛇の目基板とステップを踏みながら、最後は自分で基板エッチングするところまできたのですが、最近は小さい部品の半田付けに難儀する毎日を送っています。

<資格歴>
 資格マニアの自覚はないけど、アマチュア無線技士を皮切りに、なんとなく集まってしまった資格免許類。いずれも、サラリーマンの仕事にはまったく必要のないものばかりである。。。
 自宅を改築するときに、自分で工事したくて取った電気工事士(2種)と工事担任者(当時のアナ1、デジ1。現在はAI DD総合取得)。その延長で、電気通信主任(当時第一種)。自家発電設備を作る、かどうかはわからないけど、なんとなく受けた、電験三種。スキューバダイビングを取ったついでに小型船舶操縦(当時4級。堀江さんに触発され、現在は1級取得) 田中康夫(当時)長野県知事発行の免状が欲しくてとった、職業訓練指導員(電子、通信)。鉄な向きには必須の旅行業務取扱管理者(国内&総合)などなど。まだあったような気がするがすぐに思い出せず。


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updated on 2016/07/28


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